1




 木漏れ日が窓から差し込むすがすがしい朝。

小鳥たちのさえずる声に少年は覚醒を促される…。
しかしその声ではまだ少年の覚醒は完全にはいかない。

そんな少年を起こしに来るのは兄の毎朝の日課である。
兄は少年の横たわるベッドの端に座り、まだ目覚めぬ少年に向かって優しく語り掛ける。

「ホラ、日向(ひなた)。朝だよ。早く起きないと学校に遅刻するよ?」
「う〜ん…もうちょっと…。あと10分〜」
これも毎朝の事とはいえ…。弟のあどけない寝顔に兄、百合(ゆり)は苦笑が漏れる。
「そんなことを言ってると朝ごはんを食べる時間がなくなるよ?―――ホラ、起きるんだ」
「んー…朝…ごはん…?」
「そうだよ。早くしないとせっかく作ったご飯が冷めてしまうよ。だから早く起きなさい」
その言葉で完全に覚醒を遂げた日向はベッドからピョコンと飛び起きる。
「ごはんっ!っとその前に。おはよー百合兄ちゃん!」
「おはよう、日向。ちゃんと目は覚めたかい?それじゃ、顔を洗っておいで」
「はぁ〜〜〜い」
日向はすぐさまベッドから飛び跳ねるとそのままパタパタと洗面所に向かった。
 日向が顔を洗ってキッチンに着くのと同じころ、そこでは百合が朝食の用意を整えたところであった。
「ちゃんと顔を洗ってきたね?それじゃ、朝食にしようか」
こうして二人はつかの間の朝の一時を過ごすことにする。


 四方堂(しほうどう)百合、その弟・日向は数年前から二人暮しをしている。
二人の家・四方堂は代々から朱雀学園という名門校の理事を務めていた。
それなりに名の知れた名門校で、小学校から大学までのエスカレーター式の私立学園である。
だが、毎年少人数ではあるが外からの編入試験も受け付けている特殊な学園で、外部からの希望者も少なくはない。

現在、その朱雀学園の理事は二人の祖父が務めている。
そして二人の両親は外国にある姉妹校の理事をすべく、数年前から家を空けてしまった。
もともと祖父は本家の方に住んでいるため、百合と日向は、両親が不在の今、二人では広すぎるこの家に二人暮しをしているのであった。
幸い、百合は家事全般を得意としているし、生活に不自由はない。
こうして今の四方堂家は、百合を主人とした兄弟二人の生活になっているのであった。


 「ああぁぁ!遅刻しちゃうよぉぉ!!」
「だから早くしなさいと言っただろう?日向がいつまでも寝てるから悪いんだよ。もうこんな時間じゃないか」
少しのんびりしすぎたのか、いつも家を出る時間より遅れてしまった。
「だぁって〜〜〜…」
「ホラ、早く車に乗りなさい。早くしないと本当に遅刻してしまうよ」

 日向は朱雀学園の二年生、百合は教師を務めている。
二人は、学園ではちょっとした有名人であった。(本人達は知らないようだが)
家柄も理由の一つだが、二人は類いまれなる容姿の持ち主であった。

 在学中から美人で性格が良くて頭も良く、果てには生徒会長まで務め上げた百合。
色素の薄い栗色の髪と、それと同じ色の瞳。
どことなく儚げで、それでいて凛としたその印象は例えてみるなら月、だろうか。
夜空に冴え冴えと輝き、しかしながら傍に付き添う星の存在を消す訳でもない、美しき月。
そんな雰囲気すら感じる容姿を持つ百合。
 その弟ということで入学前から噂されていた日向も、百合と同じく色素の薄い髪と瞳。
百合が今の日向と同じ年齢だったときより少々幼さ・あどけなさを残し、女の子にも見えてしまう可愛らしい容姿。
そして明るく、人懐こい性格。
いつも元気いっぱいな日向のその印象を例えてみると太陽の光を浴びて育つ向日葵のようであった。

対照的とも言える二人が密かに朱雀学園男子高等部のアイドル(笑)となってしまうのも頷けるというものだ。

 比較的道がすいていたためか、百合の運転する車を学園裏の駐車場に入れたとき、どうやら遅刻してしまう時間までには間に合った。
「日向、こう毎日車で送るのはそろそろやめるよ?日向はまだ学生なんだから、せめてもうちょっと早起きしてみんなと同じに歩いて来なさい。徒歩で通えない距離じゃないんだから…」
少々呆れ顔で百合が言う。
「だぁって〜〜…。朝起きるのって苦手なんだもん…」
「まったく…」
そういえば父も起きるのが苦手で、いつも母の手を煩わせていたな。
まったく、変なところだけ似ているんだから…。
と、百合は内心苦笑しながらも、このどこまでも続く同じ空の下で、自分と同じく異国の地で苦労している母に同情する百合であった。
そして同じく登校してきた生徒たちに次々と挨拶を交わしながら、校舎に入っていく。
「それじゃ、日向。教室へ行ってまだ時間があるからってまた寝ちゃダメだよ?」
「む〜〜〜、いくらなんでももう寝ないよっ!」
百合と日向はそこで別方向の道に別れる。
日向は教室へ、百合は職員室へである。

「おはようございます」
百合が優しい微笑みとともに職員室へ入ると、もう来ている先生方も挨拶を返す。
「おや、四方堂先生、おはよう。今日も弟くんを起こすのは大変だったかい?」
冗談めかしたように上司にあたる少々白髪の混じった先生に声をかけれられる。
「毎朝お恥ずかしいです。本当は私みたいな若輩者は誰よりも早く来なくてはならない身なのに…」
恐縮して返す百合は、誰の目から見ても嫌味のない、人当たりのよい好青年であった。
「いやいや、君はよく頑張っているよ。本当にここの生徒だった頃から君は変わらないねぇ。
君と…それから鷹崎(たかざき)には、これからもそのままでいて欲しいものだ」
「はは、鷹崎先輩、まったく変わってないですものね」
すると丁度、話題を出された当の本人、鷹崎という男が職員室のドアを開け、入ってくる。
「おはようございま〜す」

 鷹崎龍葉(たつは)。
今朝も愛車のバイク、ゼファーχ(カイ)を乗り入れて学園に来たらしい。
黒のライダースーツは180cmを越えている龍葉によく似合っており、普段より更にワイルドさを感じる。
いつも堂々としていて自信に満ち溢れているその態度は容姿にもよく表れていた。
丹精で整った顔にすっきりとした切れ長の目、何かスポーツをやっていたのであろう、無駄のない筋肉。
少し茶の入った黒い髪は少々くせっ毛で肩まである。
彼は百合の一つ年上で、同じく朱雀学園の卒業生、そして百合の前期の生徒会長であった。
百合は鷹崎が生徒会長だった頃より副会長を任せられるという主力メンバーであったため、二人は在学中、ともに時を過ごすことが多かった。
そのため、百合にとって龍葉は誰よりも近く、信用できる先輩であった。
ただ、少し…。彼にはほんの少し難があり…。

「おっ、おはよう百合。今日も美人だな」
龍葉は百合に極上の笑顔を向ける。
「おはようございます、先輩。今日も相変わらず元気で…」
「オレは愛しい百合の顔を見ればいつでも元気になれるぜ?」
そう言って龍葉は、女なら誰でも一瞬で落ちてしまうような甘く、男らしい微笑を百合に向ける。
「それは結構なことで…。って、先輩、職員室で恥ずかしい事言わないで下さい…」
「相変わらず恥かしがりやで可愛いな、百合。そうだな、お前を口説く時はもっとロマンティックな場所がいいよな」
「いえ、そういう意味でもなく…」

この男、百合と出会ったその時から一目惚れをし、それ以来ずっと百合を口説き続けているのである。
「相変わらずお前は…。…やはりお前は少しは変わった方がいいのかもな、鷹崎…」
「あ?何が?」
「いや、こっちの話だ…」
二人を学生時代から知る恩師は少々呆れ顔で自分の席に戻っていったのだった。


 朝のミーティングも終わると、すぐにHRが始まる時間になる。
教員室は慌ただしく動き、今日も一日が始まるのだ。

「よし、それじゃあ今日も一日、頑張っていくか!」
「そうですね。あ、そういえば先輩」
二人並んで教室に行く途中、百合が龍葉に声をかける。
「ん?なんだ?」
「今日夕食食べに来ませんか?やっとテストも終わって一段落ついたところですし、父がいいワインを送ってくれたんですよ」
「お、いいなぁ。オレも飲みたい。いいか?」
「ええ、もちろん。採点って結構根詰める作業ですからね。デスクワークが苦手な先輩がここ数日頑張っていたご褒美ということで」
百合はここ数日の龍葉の姿を思い出して、クスリと笑う。
「さっすが百合ちゃん♪そういう飴と鞭の使い分けが出来るところも好きだぜ!本当良い奥さんになれるよ、お前v」
「それはどうかと…」

苦笑交じりに言う百合と、まんざら(と言うより絶対)冗談でもない龍葉。
そんな二人はお互いそれぞれの授業に入るべく、教室に入っていくのであった。






戻る  進む